むかし、こんな話を聞いたことがあります。
天地創造のおおもとの神は人間に三つの心を与えたそうです。

ひとつは愛や慈しみなどの神の心。
もうひとつは、生物として生き残ってゆくために必要な動物の心。
たとえば本能的な欲望や楽をしたいとか、自分さえ良ければいいという気持ちなど。
最後に悪魔の心。傲慢、高姿勢、疑い、嫉妬心などがそうです。

なぜ、神さまはあえて三つの心を人間に与えたと思いますか。
それは、悪魔の心や動物の心と向き合いながら自分を磨いてゆくことで、
神の子としての本来の魂・神の心が磨かれてゆくからです。

無垢な魂は美しいけれども弱いんですよ。
現実に存在する邪悪な波動の前ではひとたまりもありません。
人間はさまざまな波動が飛び交う世界に生きているのだから、邪悪な波動を撥ね
返すだけの強さが必要なんです。
そのために、自分の内側にある悪魔の心や動物の心とつねに戦いながら、
強さを兼ね備えた魂をそだてる必要があるわけです。

闇や魔、光などという言葉は抽象的過ぎて、使い方によっては、ものごとの
本質が見えなくなってしまうかもしれませんね。
たとえば光と闇という言葉が善と悪をさしているのであれば、それ自体社会的
な価値観によって判断基準が左右されてしまうので、等価であるといえますよね。
でもこの言葉が善と悪ではなく、神と邪悪な存在、あるいは個人の心の中の
愛と嫉妬心などをさしているのであれば、光は闇を抱きしめることによって
溶かすことができるわけだから、等価ではないわけです。

高次元の光、神々、邪悪な存在の本質は波動だということは、知っていると思いますが、
両者の違いは何だと思いますか?
それは波動の細かさです。
光(愛)に近づくほど、波動は微細になり、エネルギーが高くなります。
逆に邪悪な波動やネガティブな感情のもつ波動は荒いんです。
だから創造神に近づくほど波動が細かくなって、荒いネガティブな波動をも
包み込んで浄化することができます。
結果、ただ光(愛)を浴びせかけてあげるだけで、地獄の波動を細かな光の
波動に変化させてあげることができるわけです。

すゆさんもがんばっていますね。
またまた、すっかり長くなってしまったので、今日はこのへんで。
では。 
                                               キョーコ

2002年10月20日
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